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高知地方裁判所 昭和51年(行ウ)3号 判決

高知県高岡郡越知町越知甲二〇五五番地

原告

山本浩旨

右訴訟代理人弁護士

土田嘉平

同右

梶原守光

同右

山原和生

右訴訟復代理人弁護士

戸田隆俊

高知県須崎市青木町一番四号

被告

須崎税務署長

辻誠三

右指定代理人

武田正彦

同右

都清孝

同右

安藤文雄

同右

関安喜良

同右

金子敏広

同右

工藤茂雄

同右

幸田久

同右

坂本禎夫

同右

村山一

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四九年七月二六日付で原告の昭和四八年分の所得税についてした更正及び過少申告加算税の賦課決定(但し、いずれも異議決定による一部取消後のもの)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、青果商を営む者であるが、昭和四九年三月一三日、被告に対し昭和四八年分の所得税について総所得金額二二〇万円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和四九年七月二六日付で右総所得金額を四五一万二一三五円とする更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税額二万五三〇〇円の賦課決定(以下「本件決定」という。)をした。

そこで、原告は、昭和四九年九月二五日付で異議の申立をしたところ、被告は、同年一二月一六日付で総所得金額三六四万三八一三円、過少申告加算税額一万四二〇〇円とする異議決定をした。原告は、さらにこれを不服として、昭和五〇年一月一五日付で国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は同月三一日付で請求棄却の裁決をした。

2  しかしながら、本件更正には次の違法事由が存する。

(一) 所得税法二三四条所定の質問検査権は、客観的な必要性があるときにのみ行使することが許され、その行使にあたっては、納税者に対し具体的な調査理由が開示されなければならず、また、その一態様としての反面調査は、必要やむを得ない場合に限って行うべきものとされているところ、本件の税務調査においては、臨店調査に赴いた被告所部係官に対し、原告が再三にわたり調査理由の開示を要求したにもかかわらず、同係官はこれに応じないまま調査を強行し、果ては反面調査にも及んだものであるから、本件調査の手続には質問検査権の行使を誤った違法がある。

(二) 本件更正には、推計の必要性を欠くのに推計によって所得を認定した違法がある。

(三) 本件更正には、原告の所得を過大に認定した違法がある。

3  よって、本件更正及びこれを前提としてなされた本件決定(但し、いずれも異議決定による一部取消後のもの。以下、同じ。)の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認めるが、同2は争う。

三  被告の主張

1  本件調査手続の適法性

(一) 被告において、原告の昭和四八年分所得税の確定申告書を検討したところ、原告は昭和四七年末ころ従来の店舗のほかに事業上立地条件の良い国道(三三号線)沿いの土地及び家屋を取得して新店舗を増設していること等からみて、原告の右申告額は過少と判断された。

そこで、被告所部係官は、原告の所得について調査するため、昭和四九年五月一〇日から同年七月二日までの間六回にわたり原告方の臨店調査に赴き、原告に対し所得計算に必要な帳簿書類の提示を求めた。その際、同係官は、原告に対し調査理由として前記事由を告げたのであるが、原告は更に具体的な調査理由の開示を要求して帳簿書類の提出に応じなかった。そこで、同係官は、原告に対する説得活動を継続する一方で、第三回目の臨店調査後からその旨原告に連絡したうえ反面調査を遂行したものである。

(二) ところで、そもそも税務職員が所得税法二三四条所定の質問検査権を行使するに際し、納税者に調査理由を開示しなければならない旨の規定は何ら存在せず、調査理由の開示を質問検査の手続要件と解する余地はないものというべきものであり、また、反面調査については、その時期、手段、方法等の選択は税務行政の運営にあたる税務官庁の合理的な判断に委ねられており、行使にあたって納税者本人の承諾等を要するものではない。

本件調査においては、前記のとおり、調査の必要性について被告所部係官から一応の説明がなされているところであり、反面調査も原告が帳簿書類を提出しなかったためやむなく行ったものであり、被告の合理的な裁量判断に属する事柄であるというべきであるから、本件調査に質問検査権の行使を誤った違法は全くない。

2  推計の必要性

前記臨店調査に赴いた被告所部係官は、帳簿書類の提出を求めて再三にわたり原告の説得を試みたが、原告は「具体的な争点を示してくれなければ帳簿は見せられない。」「反面調査を行わないことを確約してくれなければ帳簿は見せられない。」などと理由のない強弁を繰り返して非協力的な態度に終始し、結局、右帳簿書類を提示するに至らなかった。もっとも、第五回目の臨店調査の際、原告から昭和四八年分確定申告所得金額の計算内容としての収支計算書と卸売りを記載してあると称する大学ノート三冊の提示があったので、同係官が右収支計算書の記載内容を書き写した上、その当否を検討すべく大学ノートの閲覧を始めようとするや、原告は、「相手方の氏名を記録するのであれば見せられない。」と申し立てるなどして、結局、「室戸方面」と題する大学ノート1冊を開示したのみであり、しかも、これは卸売りの一部分のみが記載されているにすぎず、収支計算書に合計額として記載されていた卸売金額の照合等を検討することができるものではなかった。また、収支計算書に記載されている小売金額や経費関係についても、原告は、「メモ書したものを集計したものであるが、そのメモ書は捨ててしまった。」「領収書とか自分の覚書で計算した。」などと申し立てるだけで、その基礎とした関係帳簿類を提示しなかった。

以上のように所得計算の可能な帳簿書類等の提示がなかったので、被告は、やむなく、実額により把握できなかった売上金額については推計により算出した。

3  総所得金額の算出根拠

原告の昭和四八年分の総所得金額は、四七二万九九八五円であり、その計算内訳は別表一「総所得金額計算書」のとおりであって、その算出根拠は次のとおりである。

(一) 事業所得金額

(1) 売上金額

(イ) 売上金額については、次のような推計方法によって算出した。

すなわち、原告は、青果物の販売による売上代金を現金及び小切手により回収し、その売溜り金から仕入代金や必要経費等を支出し、その残額を受取小切手とともに四日ないし五日目ごとに金融機関に預け入れている。そこで、被告は、昭和四八年中に金融機関に預け入れられた金額と預け入れられる前に仕入代金等に支出された金額を合算し、これから昭和四七年分の売上金額と認められるものを控除する一方、昭和四九年中に入金されたもののうち昭和四八年分の売上金額と認められるものを右に加算して昭和四八年分の売上金額を推計するのが合理的であると判断し、これを採用した。

なお、右の推計方法によるときは、当然のことながら、期首における現金在高は昭和四七年分の売上金額の溜りであるから、これを昭和四八年分の入金額から控除し、他方期末における現金在高は昭和四八年分の売上金額の溜りであるから、これを当年分の入金額に加算しなければならないところ、被告の調査結果によれば、昭和四七年一二月一日から同月三一日までの原告の流動性預金(その主たるものは当座預金)への預入額は三九二万四一九〇円であり、昭和四八年一二月一日から同月三一日までの右預入金額は四〇四万二六八一円であること、昭和四八年一月初旬における右預入額は一二〇万円であり、昭和四九年一月初旬における右領入額は一一七万五〇〇〇円であること(なお、原告が主たる仕入先に対し昭和四八年一月一日から同月三一日までに支払った五〇八万六〇六一円及び昭和四九年一月一日から同月三一日までに支払った三九三万九九九七円は、いずれも現金ではなく小切手で支払われている。)が認められ、右のとおり対応する期間の預入額がほぼ変動がないことから、被告は、原告の期首及び期末の現金在高は同額と推定することを相当であると認め、原告の売上金額の推計計算において考慮しなかったものである。

(ロ) 右推計方法によれば、次の(a)、(b)の合計額六八八七万五三二九円が売上金額となる。

(a) 金融機関に預け入れた金額

被告において、原告の取引金融機関について調査した結果、昭和四八年中の金融機関への預入総額は、別表二「預金入金からの売上金額の計算書」中〈1〉欄記載のとおり合計五〇八九万七三八五円である。

しかしながら、この中には同表中〈2〉欄記載のとおり昭和四八年中の売上金額とは認められない金額の合計二二三万五四〇四円が含まれているのでこれを控除し、他方同表中〈3〉欄記載のとおり昭和四九年に預け入れられてはいるが昭和四八年分の売上金と認められるものがあるので、その合計金額七〇〇〇円を右に加算すると、同表中〈4〉欄記載のとおり売上金額は四八六六万八九八一円となる。

(b) 売溜り金から支出された金額

売溜り金から預金として預け入れられる以前に仕入代金や必要経費として支出された金額の合計は二〇二〇万六三四八円であり、その内訳は次のとおりである。

(ⅰ) 現金仕入額 一二〇九万一一〇七円

原告の仕入先について調査した結果によれば、原告が昭和四八年中に仕入代金として支払った額は五八四七万八二〇二円(積立金二一万七七〇〇円を含む。後記別表三「販売原価の計算書」中〈2〉欄記載の合計額)であるが、このうち四六三八万七〇九五円は預金から支払われているので、右金額からこれを差し引いた。

(ⅱ) 一般経費 二八五万五六五二円

一般経費三七一万五九七八円(別表一番号4)から、現金支出の伴わない減価償却費(建物以外)の金額七一万三一〇三円(別表一番号15)を控除した三〇〇万二八七五円のうち、一四万七二二三円が預金から支払われているので、右金額からこれを差し引いた。

(ⅲ) 特別経費 三四三万一七九五円

特別経費四〇四万三二二五円(別表一番号20)から、現金支出の伴わない減価償却費(建物)二二万九九七六円(別表一番号23)を控除した三八一万三二四九円のうち、三八万一四五四円が預金から支払われているので、右金額からこれを差し引いた。

(ⅳ) 生計費 一〇九万二六二四円

原告と生計を一つにする家族四人について、総理府統計局作成の家計調査年報(昭和四八年)により計算した。

(ⅴ) 支払税金等 一五万七九六〇円

預金から支払われていない町民税、国民年金の掛金等の納付額である。

(ⅵ) 物品購入代金 二七万八六〇〇円

預金から支払われていない陳列ケース一五万八〇〇〇円、看板一〇万円及びカラーテレビの頭金二万六〇〇円の合計額である。

(ⅶ) 生命共済掛金等 二九万八六一〇円

預金から支払われていない農協養老生命共済掛金二一万九五一〇円及び農協建物更正共済掛金七万九一〇〇円の合計額である。

(2) 販売原価

販売原価は、期首商品棚卸高に期中の仕入額を加えた額から期末商品の棚卸高を差し引いて計算さるべきところ、原告から期首・期末の棚卸表の提出がなく、かつ昭和四八年中店舗の拡張又は縮少等商品の棚卸高に著しい変動を来たすような特段の事情が認められなかったことから、被告においては、期首・期末の棚卸高を同額と推定し、原告の仕入先である株式会社大元商店外について調査した結果をもとに販売原価を算出した。その詳細は別表三「販売原価の計算書」のとおりであり、同表中〈4〉欄記載の合計額五六八二万四七三五円が販売原価である。

(3) 一般経費

一般経費の総額は別表一番号4のとおり三七一万五九七八円であり、その内訳は同表番号5ないし16のとおりである。同表番号15の減価償却費(建物以外)の詳細は別表四「減価償却費の計算書」1のとおりである。

(4) 雑収入金額

原告が株式会社丸協青果卸売市場から受取った二五万三五九六円、昭和四八年五月二八日に入金された有限会社香森青果からの分配金三二万三五〇〇円、以上の合計五七万七〇九六円を雑収入金額とした。

(5) 特別経費

特別経費の総額は別表一番号20のとおり四〇四万三二二五円であり、その内訳は同表番号21ないし24のとおりである。同表23の減価償却費(建物)の詳細は別表四「減価償却費の計算書」2のとおりである。

(二) 雑所得金額

原告名義にかかる高知信用金庫越知支店への定期積金の「給付補填金」である四万四四〇〇円を雑所得金額とした。

(三) 譲渡所得金額(損失)

原告が事業の用に供していた運搬用車両の譲渡価格が一五万円であるが、その残存価額は別表五「売却車両の残存価額計算書」のとおり三三万二九〇二円と算出されたので、その差額一八万二九〇二円を譲渡所得金額(損失)とした。

4  本件更正及び本件決定の適法性

原告の昭和四八年分の総所得金額は前記3のとおり四七二万九九八五円であるところ、本件更正は、右金額の範囲内であるから適法であり、これを前提としてされた本件決定もまた適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1(一)のうち、被告主張のとおり被告所部係官が原告方を訪れ、帳簿書類の提出を求めたことは認めるが、その余の事実は争う。同1(二)は争う。

被告所部係官は、原告が調査理由の開示を要求したにもかかわらず、「書類等を調べてみないとわからない。」などと答弁するのみで、被告主張のような調査理由すらも開示することはなかったものである。

2  同2のうち、第五回目の臨店調査の際、原告が収支計算書と卸売帳簿の大学ノート三冊を提示し、そのうち右計算書と大学ノート一冊を係官に開示したことは認めるが、その余は争う。

3  同3(一)(1)は争う。但し、(イ)のうち、原告が売上代金を現金及び小切手により回収し、その売溜り金から仕入代金や必要経費等を支出し、その残額を受取小切手とともに金融機関に預け入れていること、(ロ)(a)記載のとおり、金融機関に預け入れられた昭和四八年分の売上金額は四八六六万八九八一円であったこと、(ロ)(b)のうち、(ⅱ)ないし(ⅶ)の金額につき売溜り金から支払がなされたことは認める。

昭和四八年分の売上金額は六六六五万七八五二円である。

4  同3(一)(2)ないし(5)は認める。

5  同3(二)、(三)は認める。

6  同4は争う。

五  原告の反論

1  推計の必要性について

前記のとおり、原告の再三にわたる要求にもかかわらず、被告所部係官は調査理由を開示しなかったため、原告はこれに抗議して帳簿書類を提示しなかったものであり、納税者としては当然の権利行使であるから、被告において、原告の右態度を理由として推計課税に及ぶことは許されない。

2  推計の合理性について

昭和四八年分の売上金額は、原告の提出した売上帳四冊(甲第二ないし第五号証)により実額で算出することが可能である。これによる売上総額は六六六〇万二五四一円であって、大局において前記原告主張額と符合する。被告の推計額は、右実額と異なる以上、推計という事柄の性質上当然のこととして合理性を欠くというべきである。

六  被告の再反論

原告の実額主張に対し、被告は次のとおり再反論する。

1  被告が推計課税をせざるを得なかったのは、前記のとおり、もっぱら原告が帳簿書類を提出せず、調査に協力しなかったことによる。ところが、原告は、争訟の段階に入るや一転して、売上金額を記載した帳簿であると称する大学ノート四冊を書証として提出し、実額による売上金額の主張をなすに至ったものである。したがって、右のような経緯に鑑みると、原告の実額主張は、信義則に反し許されないというべきである。

2  仮に右主張が認められないとしても、大学ノート四冊は、いずれもその記載内容に数多くの不備があり、他の何らかの記録から書証作成のために適宜転記された疑いがあることなどからして、これをにわかに信用することはできず、右書証による実額主張は採用できない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第九号証

2  証人山中三夫、同公文正、原告本人

3  乙第一三ないし第一八号証、第二一ないし第二五号証、第二六号証の一、二、第二七号証の一、三ないし五の成立はいずれも認めるが、その余の乙号各証の成立は知らない。

二  被告

1  乙第一ないし第二五号証、第二六号証の一、二、第二七号証の一ないし五、第二八号証の一、二

2  証人植田信興、同安西光男

3  甲第八、第九号証の成立は認めるが、その余の甲号各証の成立は知らない。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件調査手続の適法性について

原告は、本件調査手続には質問検査権の行使を誤った違法がある旨主張するので、これについて判断する。

国税通則法二四条、所得税法二三四条一項は、税務職員が適正な課税処分を行うための資料を収集するために、税務調査としての質問検査をなしうる旨規定しているが、右質問検査権行使の細目については実定法上何ら規定されていないから、質問検査権行使の範囲、程度、時期、場所等については、質問検査の必要性と相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当と認められる範囲内である限り、税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解すべきである。したがって、調査の具体的必要性及び理由を被調査者に告知せず、或いは、納税者の同意なしにその取引先、銀行等に対していわゆる反面調査を実施したとしても、それらが社会通念上相当な範囲内において実施された場合には、適法な税務調査であるといわなければならない。

そこで、これを本件についてみるに、成立に争いのない乙第一三号証、同第二六号証の一、二、証人山中三夫の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証、証人植田信興、同山中三夫(但し、後記の措信できない部分を除く。)の各証言及び原告本人尋問の結果(但し、後記の措信できない部分を除く。)によれば、原告が提出した昭和四八年分の所得税の確定申告書は、所得金額の算出につき収入金額と必要経費の記載を欠き、これに代わる書類も添付されていない不備なものであり、しかも、原告は、昭和四七年末に、従来の店舗に加えて新たな店舗を立地条件の良い国道バイパス沿いに開設して事業規模を拡張しているなどの事情があって、原告の昭和四八年分の所得につき調査する必要性が認められたこと、そこで、被告所部係官は、昭和四九年五月一〇日から同年七月二日にかけて前後六回にわたり原告方への臨店調査を行った(この事実は当事者間に争いがない。)が、当初より、昭和四八年分の所得の調査のために来訪した旨を告げていること、第一回目の臨店の際には原告が不在であったが、第二回目の臨店調査以後、原告に対し帳簿書類の提出を求めたけれども、後記認定のとおり原告はこれに応ぜず、第三回目の臨店の際には、原告が「被告の方で調査額を提示すれば、自己の帳簿と照合してみよう」と述べたこともあって、被告所部係官は、反面調査もやむを得ないものと判断し、翌日から反面調査に着手する旨原告に通告して帰署したこと、その後、右通告どおり反面調査を実施するとともに、第四回目以降の臨店調査においても、右反面調査の結果を説明するなどして原告の説得につとめたが、結局、原告から帳簿書類の提出を得ることができなかったことの各事実が認められ、証人山中三夫及び原告本人の各供述中、右認定に反する各供述部分はにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件調査は、原告の昭和四八年分の所得につき調査の必要性が客観的に認められる場合において、被告所部係官が、原告に対し、一応の調査理由を告知したうえで帳簿書類の提出を求めたのに対し、原告の協力を得られなかったため、やむなくその旨原告に通告したうえ反面調査を実施し、しかも、その後においても反面調査の結果を説明するなどしてなお帳簿書類の提出を要請していたものといえるので、本件調査が社会通念上相当な範囲内において行われたことは明らかであり、したがって原告の右主張は理由がない。

三  推計の必要性について

原告は、本件更正には、その必要性を欠くのに推計課税をした違法がある旨主張するので、この点について判断する。

前記各証人の証言及び原告本人尋問の結果、これにより真正に成立したと認められる甲第三ないし第五号証、成立に争いのない乙第一四号証によれば、前記のような調査の経緯の中で、原告は、第二回目から第四回目までの臨店調査の際、被告所部係官の帳簿提出の要求に対し、「課税上の具体的な争点を開示しなければ帳簿は提出できない。」「反面調査を実施しないことを確約しなければ、応じられない」或いは「帳簿といっても、自分の心覚え程度のもので税務署に見せるようなものではない。」などと理由のないことを繰り返し述べ、非協力的な態度に終始したこと、第五回目の臨店調査に至ってようやく確定申告額の算出根拠と称する収支計算書及び卸売帳と称する大学ノート三冊を提示したので、被告所部係官が右収支計算書の記載内容の当否について検討すべく、まず卸売について、右大学ノートの閲覧を始めようとするや、原告は「売上先の氏名、住所を記録するのであれば、見せられない。」と申し立てて右大学ノートすべての提出には応ぜず、わずかに「室戸方面」と題する一冊を開示したにすぎなかったこと、次いで、右収支計算書記載の小売額について、基礎となる帳簿書類の提出を求めたが、原告は「小売帳は作ってなく、一日ごとのメモはあるが、そのメモは捨ててしまった。」と述べて関係帳簿等を提出しなかったこと、その後の臨店の際にも、被告所部係官の説得が試みられたが、結局、本件更正に至るまで他の帳簿書類は提出されなかったこと、そこで、被告所部係官は、他の調査等により原告の所得金額を算出しようとしたのであるが、原告の売上額についてはこれを実額で把握することができなかったので、右金額を推計によって算出し本件更正を行ったことの各事実が認められ、証人山中三夫及び原告本人の各供述中、右認定に反する各供述部分はにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件調査に対して原告が帳簿書類の提出を拒否したため、本件更正当時原告の昭和四八年分の所得を実額により算出することは不可能であったというべきであるから、被告が推計によって所得金額を算出し本件更正を行ったことは何ら違法ではない。

なお、原告は、帳簿書類の不提出は、具体的な調査理由の開示を欠く違法な調査に対し、納税者として当然の権利行使をしたことの結果にすぎないから、右不提出の事実から直ちに推計課税に及ぶことは許されない旨主張するけれども、前示のとおり、具体的な調査理由の開示は、税務調査の要件として必須のものとされているわけではなく、本件調査においては、この点に関する違法事由は何ら認められないのであるから、前認定のような原告の帳簿書類の不提出の事実は、推計課税の必要性を明白に肯認するものというべきであり、原告の右主張は理由がない。

四  総所得金額の認定について

原告は、本件更正は原告の昭和四八年分の所得金額を過大に認定したものであるから違法であると主張するので、この点について判断する。

1  当事者間に争いのない項目について

事業所得金額の算出細目中の販売原価、一般経費、雑収入、特別経費の各金額、雑所得金額及び譲渡所得金額並びに右各金額の算出根拠については、いずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、売上金額について検討する。

(一)  推計方法自体の合理性

被告は推計によって原告の売上金額を認定しているので、まず被告主張の推計方法自体の合理性について判断する。

原告が、青果物の販売による売上代金を現金及び小切手により回収し、その売溜り金から仕入代金や必要経費等を支出し、その残額を受取小切手とともに四ないし五日目ごとに金融機関に預け入れていることは、当事者間に争いがない。右のような原告の営業形態からすれば、原則として、当年中に金融機関に預け入れられた金額と、金融機関に預け入れられる前に売溜り金から仕入代金等に支出された金額とを合算することにより売上金額を算出するという被告主張の方法は、推計方法として一応首肯できるものといえる。しかし、金融機関への預入金額の中には、営業収入と無関係な預金・利息、預金相互間の振替による入金及び前年分の売上げと認められる預金が混在し、他方翌年の金融機関への預入金額の中にも当年分の売上金と認められるものがありうるので、これらの有無を検討して、前者についてはこれを控除し、後者についてはこれを加算することが必要であり、また、売溜り金から預入代金等に支出された金額については、預金から支出されたものとの識別をなす必要がある。更に、右のようにして算出された金融機関への預入金額と売溜り金からの支出金額との合算による期中の売上金額の中には、前年分の売上金の溜りと目すべき期首現金在高が含まれているからこれを控除し、他方当年分の売上金の溜りと目すべき期末現金在高は右売上金額の中には含まれていないからこれを加算しなければならない。したがって、右推計方法は、右の諸点についての計算が可能であって、かつこれが履践されたときに限り、合理性を有するものと解するのが相当である。

(二)  本件における具体的推計計算の合理性

(1) 預金入金からの売上額の算出

まず、被告が預金入金から算出した売上金額についてみるに、被告主張にかかる別表二「預金入金からの売上金額の計算書」記載の事実はすべて当事者間に争いがなく、証人安西光男の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第一、第三、第六、第九、第一一、第一二号証によれば、昭和四八年中の預入総額の中には預金相互間の振替による入金は皆無であったことが認められる。

(2) 売溜り金から支出された売上金額の算出

売溜り金から支出されたもののうち、一般経費、特別経費、生計費、支払税金等、物品購入代金、生命共済掛金等として支出された金額については、いずれも当事者間に争いがない。

昭和四八年中の仕入総額(期中支払額)が五八四七万八二〇二円であることは当事者間に争いがないところ、被告は、このうち預金から支払われた金額は四六三八万七〇九五円であり、したがって売溜り金から支払われた金額はその差額の一二〇九万一一〇七円であると主張する。そこで検討するに、前記証拠のほか、成立に争いのない乙第一五ないし第一八号証、同第二一、第二二号証、証人安西光男の証言により真正に成立したと認められる乙第一九、第二〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告の仕入先には、主たる仕入先である有限会社香森青果及び株式会社丸協青果卸売市場、被告の反面調査の結果仕入先作成の帳簿の提出を得ることができた仕入先、反面調査が不可能であったため、原告の申立内容どおりの仕入額を認めざるを得なかった仕入先に対する支払は、小切手の振出により当座預金からなされ、その支払総額は四六三八万〇九五〇円であること、帳簿の提出のあった仕入先に対する支払については、すべての預金口座からの払戻状況との照合の結果、預金から支払われたものは皆無であったことの各事実が認められる。そして、反面調査が不可能であった仕入先に対する支払状況については、これを明らかにする直接証拠は見出し難いものの、右認定事実によれば、原告は現金若しくは小切手でもって仕入代金の決済をなしていたものと推認するのが相当であるから、小切手振出の有無を当座勘定元帳(乙第一、第一一号証)に照らして検討すると、乙第一号証の借方欄の記載はすべて前記主たる仕入先に関するものであり、乙第一一号証の記載は同一額のものが定期的に支出されていることを内容とするものであって、いずれも前記反面調査が不可能であった仕入先に対する支払とは認め難く、結局これに対しては現金決済がなされたものと認めるのが相当である。そうすると、預金口座から支払われた仕入金額は右の四六三八万七〇九五円に止まるから、売溜り金から支払われた仕入金額は一二〇九万一一〇七円となり、被告の右算出方法は相当というべきである。

(3) 期首・期末現金在高について

被告は、期首・期末の現金在高について双方を同額と推定したと主張するので、この点について検討するに、前示のとおり現金在高を明確にすべき現金出納帳等が提出されていないため、これについても推計によらざるを得ないところ、証人安西光男の証言、これにより真正に成立したと認められる乙第二五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和四七年一二月以降新店舗を加えた二店舗で営業を行い、昭和四七年一二月と昭和四八年一二月とで営業規模に差異はなかったこと、原告の流動性預金(当座預金)への預入額は、昭和四七年一二月が三九二万四一九〇円、昭和四八年一二月が四〇四万二六八一円であり、また昭和四八年一月初旬が一二〇万円、昭和四九年一月初旬が一一七万五〇〇〇円であって、いずれも対応する期間の預入額がほぼ変動のないことが認められ、一般的に預金在高と流動性預金との間には相関関係があって、対応する期間の現金在高に変動があれば流動性預金にも変動が生ずるものと考えられることに鑑みれば、本件における期首・期末の現金在高は同額と推認するのが相当であり、したがって被告の右推定は合理的というべきである。

(4) 売上金額の算出

以上のとおり、被告の推計による算出方法は、前記(一)において考慮した諸点のすべてについて留意のうえで履践されたものといえるから、合理性を有するものと認めるのが相当である。

これによれば、被告主張のとおり、預金入金額から推定される売上金額は四八六六万八九八一円、売溜り金からの支出金額から推定されるそれは二〇二〇万六三四八円であるから、期中の売上金額は六八八七万五三二九円となり、そして期首・期末の現金在高は同額というのであるから、右期中の売上金額をもって昭和四八年分の売上金額と認むべきである。

(三)  原告の実額反証について

被告の推計により算出された売上金額について、原告は、売上帳(甲第二ないし第五号証)に基づく実額をもって右推計の合理性を争い、これに対して被告は、原告の右主張自体が信義則に違反すること、右売上帳は信用性を欠き実額反証の資料とはなりえないことの二点を主張する。そこで、原告の主張が信義則に違反して許されないものとするか否かの点はしばらくおき、まず売上帳が被告の推計による認定を覆すに足りる資料であるか否かについて判断する。

甲第二号証(原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める。)の売上帳につき、原告本人は、同売上帳は両店舗における日々の小売金額を各店舗ごとに記帳したものであり、各店舗にはそれぞれレジスター(金銭登録機)を備え付けてこれを使用しているが、一日の売上金額につきレジスターの集計表示と現金額とが異なることが多いので、一日の売上は、すべて各店舗毎にその日の最終におけるレジスター内の現金総額から当日朝レジスター内に釣銭用に使用するため入れた金額を控除した残額をもって売上金額とし、これを一旦メモ書きにし、その直後か若しくは一週間後に(この場合には一週間分をまとめて)売上帳に日々の売上金額を正確に転記したうえ、一カ月毎の合計は、右売上金額の記載が完了した後間もなくか又は三カ月後位に計算機又は算盤を使用した金額を記入して作成した旨供述する。そこで、甲第二号証(売上帳)について仔細に検討するに、右小売帳は、日付とその日の小売金額を単に羅列し、これに毎月の合計額を併記した極めて簡易な形式のものであるが、同帳一〇枚目表の本町店の一二月分の合計金額は「一一九万三八七六円」と記載されているところ、同月一日から三一日までの小売金額を合計すると一〇三万一八七六円にしかならないことは計算上明らかであるが、右三一日の売上金額が「一万八六五四円」と記載されているのを、仮に右「八」と「六」との間に「〇」を加え「一八万〇六五四円」とすると、前記合計金額「一一九万三八七六円」に合致するのであって、同帳が原告本人の前記供述どおりの方法で作成されたものとするならば、これはまことに奇妙であり、単なる誤記とか計算違いとかいうことでは到底説明がつかず、むしろ原告が意図的に小売帳を作成しようとして転記の際に誤りを犯したものではないかとの疑いが生ずるばかりでなく、前記小売帳のその他の日々の金額欄と合計額欄との間にも齟齬のある箇所が数箇所認められる。のみならず、成立に争いのない甲第八号証、証人植田信興の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件調査の時点においては、被告所部係官の小売帳の提出要求に対し、「小売帳は作ってなく、一日ごとのメモがあるが、捨ててない。」と説明してその存在さえも明らかにせず(なお、後記の売上帳三冊については、本件調査の時点でその存在のみは明らかにされている。)、また異議申立及び審査請求の各審理手続においても右小売帳を提出していないこと、ところが、本訴に及ぶや初めてこれを提出するに至っていることが認められる。これらの事実に照らせば、右甲第二号証(小売帳)はにわかに措信できないし、他に同号証の信用性を補強するような原始記録に相当するレジスターの記録紙や現金出納帳等の裏付資料は全く提出されていないのであるから右小売帳をもって、被告の推計による認定を覆すに足る資料ということは到底できない。

次に、甲第三ないし第五号証の売上帳につき、原告本人は、同売上帳はいずれも卸売金額を記帳したものであり、日々原始記録たる仕切書に基づき算出した一日の合計額を正確に記載して作成した旨供述する。しかしながら、右売上帳は、地区別に分けて日付、売上金額、月単位の残高が記載されている(中には、摘要欄が設けられて卸売先からの入金の事実が記載されているものもある。)が、卸売先の氏名は明記されていないものであり、記載内容においても、残高の計算違いが数箇所にわたって認められるばかりか、成立に争いのない乙第二七号証の三ないし五、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二八号証の二によれば、売上金額や摘要欄の入金の記載が明らかに脱漏している部分のあることが認められる。そして、原告が本件調査の時点において右売上帳三冊を提示したものの、結局開示したのは「室戸方面」と題する一冊のみであったことは前示のとおりであり、更に前掲甲第七号証、乙第一四号証、証人公文正躬の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、異議申立後の調査の段階で初めて右売上帳の原始記録たる仕切書の一部を提示したものの、仕切書に記載された卸売先の氏名の開示はあくまでも拒絶したこと、また原告は、本件調査の段階において、前記収支計算書をもって確定申告の明細を示した際、卸売金額について売上帳及び原始記録たる仕切書に基づくものとして三六一五万一七〇一円を主張していたのに、異議申立にあたっては、右と同じ売上帳及び仕切書に基づくものとしながら、卸売金額として右金額と相違する四二五五万四八三四円を主張していることが認められる。以上のような事実に照らせば、甲第三ないし第五号証(売上帳)は直ちに措信できないし、他に同号証の正確性を裏付ける仕切書等は全く提出されていないのであるから、右売上帳についても被告の推計による認定を覆すに足る資料ということは到底できない。

以上のとおり、原告の提出する売上帳はいずれも信用性に疑問があるのであるから、原告の実額主張が信義則違反として許されないものであるか否かを問わず、右実額主張はその内容において失当であり採用できないものというべきである。

3  総所得金額の算出

以上説示したところによれば、原告の昭和四八年分の総所得金額は、別表一「総所得金額計算書」のとおり四七二万九九八五円となる。

五  本件更正及び本件決定の適法性

右認定のとおり原告の昭和四八年分の総所得金額は四七二万九九八五円であるから、右金額の範囲内でなされた本件更正は適法であり、したがってこれを前提とする本件決定もまた適法である。

六  結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口茂一 裁判官 増山宏 裁判官 坂井満)

別表一

総所得金額計算書

一、事業所得金額 四、八六八、四八七円

〈省略〉

二、雑所得金額 四四、四〇〇円

〈省略〉

三、譲渡所得金額(損失) 一八二、九〇二円

〈省略〉

四、総所得金額 四、七二九、九八五円

〈省略〉

別表二

預金入金からの売上金額の計算書

〈省略〉

〈省略〉

別表三

販売原価の計算書

〈省略〉

別表四

減価償却費の計算書

1. 建物以外

〈省略〉

2. 建物

〈省略〉

別表五 売却車両の残存価額計算書

〈省略〉

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